マーティンマクドナーという作家について
先日「スリービルボード」という映画を見ました。それが面白かったので、監督のほかの作品も見てみようと思って調べました。
マーティンマクドナー(Martin Mcdonagh)について
マーティンマクドナーは1970年生まれのイギリスおよびアイルランドの劇作家、脚本家、映画監督です。
「イギリスおよび~」とあるのは、両親はアイルランド出身だったが、イギリスで育ち、たまにアイルランドに帰省するという生活をしていたからだそうです。
キャリア
1996年、マクドナーが 26歳の時に”The beauty queen of Leenane”という作品でデビューし、そこから多くの戯曲を執筆します。
演劇作品では、特に初期作品にアイルランドを舞台にとったものが多く、アイルランド西部のコマネラ地方を舞台にしたリーナン三部作やアラン島を舞台にしたアラン諸島三部作などがあります。
2005年になると、演劇からは離れて「シックスシューター」という映画を監督し、アカデミー短編映画賞を受賞します。2008年にはコリン・ファレル主演の「ヒットマンズレクイエム」、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェルらが出演した「セブンサイコパス」と次々に作品を発表していきます。
2010年以降も戯曲「スポケーンの左手」(2010)や「ハングメン」(2015)などを発表し、2017年に監督した映画「スリービルボード」で世界的に有名になりました。
作風
マクドナー作品の大きな特徴として「ブラックユーモア」と「グロテスクな描写」が挙げられます。
これもwiki出典ですが、ジャンルとしては「ブラックコメディ」もしくは「in-yer-face theater」と分類されるようです。
in-yer face theater(イン・ヤー・フェイス演劇)についてはこちら↓
ジャンル名だけいわれてもあれなので、私が現状唯一読んだことのあるマクドナー作品の”The Lieutenant of Inishmore”を例に説明します。
いきなり説明してもわかりづらいので少しストーリーを紹介します。
**この章ではネタバレを含むので知りたくない人は次のところ(日本での受容)まで飛ばしてください。**
The Lieutenant of Inishmoreのあらすじ(ネタばれあり)
この作品は1993年の、紛争で荒れていた時のアイルランドが舞台となっています。
パドレイクというIRAからも疎まれるような凶暴なテロリストが主役です。パドレイクは幼いころからいとこに暴力をふるって車いすにしたりと手の付けられない残忍な性格の子供で成長してからもやはり凶暴で現在はINLAというテロ組織に所属して、各地をテロ行為のために飛び回っています。
しかし、そんなパドレイクには子供の時から飼っているウィートーマス(Wee Thomas(という黒猫がいて、「この猫だけがオレの友達だ」というぐらいに溺愛しています。
パドレイクが家を離れてたくさん乱暴しているころ、道でウィートーマスが轢死しているのが見つかります。見つけたのは近所に住むデイヴィ。デイヴィはパドレイクの父ドニーに死んだウィートーマスを見せます。
あんな凶暴なパドレイクがもしこの事実を知ったら自分たちも危ないと恐れた二人は別の黒猫を用意してごまかそうとします。
さらに、乱暴なパドレイクに嫌気がさして暗殺を計画しているIRAのテロリスト三人(ブレンダン、ジョーイ、クリスティ)も島に上陸する…
といった感じのストーリーです。
この作品に限らないことですが、マクドナーの作品ではかなりの割合で登場人物が死にます。
この作品(”The Lieutenant of Inishmore”)ではほとんど死にます。しかも、かなりグロい死に方をします。詳細は省きますが、はじけたり、バラバラになったりします。
戯曲を読んでて、状況を想像しながら読んだら少し気持ち悪くなった箇所がありました笑
が、面白いです。何人かの登場人物がバカなことをやっていたり、単純に発言がバカだったりします。状況自体はシリアスなんですが、どこか抜けてる言動もあいまってなぜか笑いを誘われます。
シェイクスピア研究者の北村紗衣がブログでロンドンの劇場での観劇レポートを書いているのですが、それによると
冒頭でポードリッグがドラッグの売人を逆さ吊りにして拷問するところからなんかもうおかしいし、終盤でバラバラにされた人体がイニシュモアの田舎の家にぶらさがってるあたりは会場大爆笑だった。
(https://saebou.hatenablog.com/entry/20180718/p1)
とのことです。
評価
劇作家、映画監督のどちらも高い評価を受け、マクドナーはローレンスオリヴィエ賞(イギリスで最も権威のある演劇の賞)やアカデミー賞、ヴェネツィア国際映画祭などでの多数の受賞を経験しています。
ざっくりと調べた限りですが、マクドナーの発表した作品はだいたい何かしらの賞にノミネート・もしくは受賞しています。
日本での受容
マクドナー作品は日本でも人気があり、何度も作品が上演されています。
有名なところで言うと長塚圭史が2003年、2006年に二回、演出を手掛けた「ウィートーマス」(戯曲の原題は"The Lieutenant of Inishmore"で、舞台化されたときは"Wee Thomas"という作品に出てくる猫の名前が冠されています)があります。
ほかにも堤真一、瑛太が「ロンサムウエスト」という初期作品に出ていたりしています。
最近も(この記事を書いてる2021年6月)演劇集団 円 が5月に「ピローマン」をやる予定でしたが緊急事態宣言の発令で公演延期になりました(現状公演時期未定)。
多くの賞を受賞し、有名な作家といっても過言ではないマクドナーですが、日本語で読める作品はかなり少ないと言わざるをえません。
演劇作品に限って言うと現状日本語で読める作品はほぼありません。
そもそも海外戯曲の翻訳がほとんどないのかもしれませんが、マクドナー作品の日本語訳はほとんどないです。
「ほとんどない」といいましたが、厳密にいえばあるにはあります。wikiによると「ウィートーマス」と「ハングメン」の日本でやった時の台本がパルコ出版から出ているようです(ハングメンの台本は現在発売されていないようです。)
私は、最近マクドナーの戯曲を初めて読んだのですが、アイルランドが舞台ということもあり、アイルランド訛りが多用されていてかなり読むのに苦労しました。
英英で検索してもでてこないスラングや文法が崩れたセリフなどが多く、いわゆる学校で習ったような英語とは全然違い、何が起きてるのかを理解するのが大変でした。
そういう意味でも、私はぜひ日本語版で出版してほしいと日々願っています。
かつてハヤカワ演劇文庫で国内・国外問わず様々な戯曲が文庫化されていたのですが、こんな感じで最近の作品もやってもらえるとありがたいんですが・・・・
終わりに
「スリー・ビルボード」を読んでからマクドナーの作品と演劇に対する興味がにわかにわいてきて、最近私は戯曲を漁っています。こうなるなんて全く予想だにしなかった・・・
ちなみに今は"The cripple of Inishmaan"を読んでいます。加えて先日Amazonでマクドナーの初期作品集を注文しました。とりあえず一通りマクドナーの作品(映画も含む)に触れていこうと思います。
マクドナーの作風のところで触れたのですが、in-yer-face theaterというジャンルについて調べている過程でSarah Kane(サラ・ケイン)という28歳で夭折したイギリスの戯曲家を知ってその人の作品も今度読んでみようと考えています。
それでは