なぜ『ガラスの動物園』の原題にzooではなくmenagerieが使われているのか?ーGoogle Ngram Viewerを使って検証してみるー
こんにちは、たけしひでおです。今日はいつもの英単語・イディオム紹介とはちょっと違ったことをやります。
ズバリ、「動物園」はzooとmenagerieどう訳すのがいいのか検証してみた!です。
…急にこんなこと言われても困ると思うのでちゃんと説明します。
企画説明
『ガラスの動物園』という作品をご存じでしょうか?テネシー・ウィリアムズによって1944年に書かれた戯曲で、ブロードウェイで500回以上公演されるほどの大ヒットを記録した超有名作品です。
読んだことはなくても、タイトルだけは聞いたことあるという人は多いんじゃないでしょうか?かくいう私もその一人です。
簡単にあらすじを紹介すると、語り手のトムがかつて芸術家としての成功を夢見て逃げ出しおいてきた家族のことを追憶する、という物語です。
一言でいうと「追憶の物語」ですが、それだけにはとどまらない魅力があるので興味のある方は是非読んでみてください!
…とまぁ、宣伝はさておき、本題はここからです。
この『ガラスの動物園』という作品は原題が"The Glass Menagerie"となっています。
おや、と思った方はいるんじゃないでしょうか?
なんで、「動物園」の訳語がzooじゃないんだろう?
と思いませんか?
っていうかmenagerieってなんだよ、と。
この記事ではなぜzooじゃなくてmenagerieを使ったのか、ということを検証していこうと思います。
辞書で定義を確認してみる
まずmenagerieの意味を辞書で調べてみました。
a collection of wild animals that are kept privately or to show to the public(Cambridge Dictionary)
拙訳「個人的に、または一般に公開する目的で捕まえられた野生動物のコレクション」とあります。
いわゆる「動物園」ですね。
ついでにzooの定義も載せておきます
こっちは訳しませんが、こちらも意味していることはほぼ同じだとわかります。
・画像検索してみる
念のためgoogle画像検索して、どんな画像が出てくるかも確認してみましょう。
まずは、zooの検索結果から。
まぁ、いわゆる「動物園」の写真がたくさん出てきます。たまにイラストもありますが、それも「動物園」という言葉のイメージに収まるものです。
次にmenagerieのほうはというと…
…こちらもいわゆる動物園ですが、明らかに年代が古いことがわかります。出てくる画像はすべて昔の中世以降くらいの絵ばかりで、最近の写真などはできてません。
以上のことから「zooもmenagerieも表すものは同じだが、使われていた年代が異なる」ことが推測できます。
Google Ngram Viewerでも調べてみる
以上の仮説を検証するために、こんどはGoogle Ngram Viewerというサービスを使ってみましょう。
このサイトは、調べたい単語を入力すると”時代ごとにどれくらいの頻度で使用されていたか”がわかるという優れものです。調べたい単語の時代ごとの使用頻度の推移が通時的に検索できて便利です。
以下、検索結果です。
1800年前後の一番古い時点では、両者とも同頻度でしたが、そこからzooの頻度は下がり、多少盛り返した時期もあるものの、19世紀はほぼmenagerieが優勢の時期が続いていました。
この関係が崩れるのが、1927年です。1900年頃から微増し続けていたzooが遂にmenagerieを抜き、同時にこの頃からmenagerieの使用頻度は急速に低下していきます。
『ガラスの動物園』が上演されたのは1944年です(新潮文庫、作者紹介より)。40年代の時点ですでにmenagerieはzooの勢いに押されてほとんど使われなくなります。
結論
→『ガラスの動物園』発表時点(1944年)で、既にzooのほうが一般的で、menagerieは廃れつつあった。
【疑問:なぜウィリアムズはわざわざmenagerieを使ったのか?】
先ほど、1940年代にはすでにmenagerieは死語になりつつあった、ということを確認していきました。
では、なぜウィリアムズはすでに死語になったmenagerieという単語をタイトルに使ったのでしょうか?
単純に1911年生まれのウィリアムズにとってmenagerieのほうが身近だった(ウィリアムズが20歳なるまでは、まだmenagerieのほうがよく使われていた)というふうに考えることもできますが、もうひとつ『ガラスの動物園』という作品の性質を踏まえて考えることもできます。
【仮説:作品の構造が関係している】
『ガラスの動物園』は、その冒頭で「この作品は”追憶劇”である」ということが提示されます。語り手のトムは劇中の現在の時間(おそらく、初演の1944年前後)からかつてトムが逃げて置いていった母アマンダ、姉ローラ二人のことを思い出します。
つまり、劇中では「語り手トムの現在」と「トムの記憶の中の過去」の二つが提示されているのです。では、その過去とはいつ頃なのでしょうか?
ト書きなどではっきりと年号が示されているわけではありませんが、第5場にこんな記述があります。トムが当時の回想をしながら以下のように語ります。
…これがせめてもの慰めだったのです、僕と同じように何の変化も冒険もない人生を送るものにとっては。
だが、この年、冒険と変化は目前に迫っていました。ついその先でこういう若者たちを待ち伏せていたのです。
ドイツではヒットラーの山荘を包む霧の中にひそみ、イギリスではチェンバレンの手にするこうもり傘のひだの間に隠れてーー
スペインではゲルニカの無差別爆撃がありました!
(日本語訳を参照。78-79)
いくつか時代を絞り込めそうなワードが出ています。
よって、この時は1937~1939年ごろだと推定できます。
ケールシュタインハウスのことにも言及できているので、1939年が一番ありえそうです。
作品説明のところで1944年初演といいましたが、そうすると当時見ていた人たちにとっては約5年ほど前の出来事を聞かされていることになります。
過去の話をしている、ということを強調するためにあえてmenagerieという単語を使ったのだと考えられます。
つまり、ウィリアムズは40年代以前のアメリカを描いていることを伝えるために、あえて20年代頃までは頻繁に使われていたmenagerieという単語を使ったのではないか、ということです。
まとめ
・zooではなくmenagerieという単語を使っているのには、時代背景が関係している
・1930~1940年代では「動物園」を表す語としてはmenagerieのほうが一般的だった。
・ウィリアムズは作中で過去への回想が使われるたより古さを感じるmenagerieを使ったのだと考えられる